本居宣長による「投馬国」比定を批判する ~邪馬壹国~ 皇紀2683年
「投馬国」の比定について、古田武彦氏の論調を以下に纏める。 邪馬壹国は、北は不弥国に接し、西は奴国にも、殆ど接してゐる。 (図壱: 古田武彦著 「邪馬台国」はなかった 260頁) 不弥国が投馬国にいたる傍線行路の分 […]
「投馬国」の比定について、古田武彦氏の論調を以下に纏める。 邪馬壹国は、北は不弥国に接し、西は奴国にも、殆ど接してゐる。 (図壱: 古田武彦著 「邪馬台国」はなかった 260頁) 不弥国が投馬国にいたる傍線行路の分 […]
「日本国憲法失効論」の著者である菅原裕氏は、実際に東京裁判で元陸軍大将荒木貞夫氏の弁護人を務めた。 この裁判に臨んだ日本の弁護人達は、次第に露呈してきた不法と欺瞞だらけの東京裁判に切歯扼腕したが、占領下の言論統制や公 […]
『現代語譯 古事記』の中で人気がある書籍の一つに、竹田恒泰氏の譯書がある。その中身は特に問題は感じない。国史を教へない戦後教育を通して、骨抜きにされた事なかれ日本人が、古事記に触れるきっかけになるなら、大いに評価できよ […]
「文永の役では、蒙古軍は嵐の為に一夜で退却した。」と書いてゐる教科書が複数ある、と著者の服部氏は述べる。ところがさうした記述は、歴史書の中にはただの一点もない。どこにも書かれてゐないのである。 嵐の為に一夜で退却した、 […]
あけましておめでたうございます。 今年の初詣は、地元の神社で済ませました。 済ませたといふのも失礼かもしれないが、昨年は、菅原道眞公をお祀りする亀戸天神に、一昨年、それ以前は、靖國神社、泉岳寺など、英霊、赤穂義士と、勤 […]
元禄15年12月14日(1703年1月30日)は、赤穂浪士討ち入りの日です。 毎年12月14日に、兵庫県赤穂市で、赤穂義士祭が開催されてます。今年は第116回目です。↓ 兵庫県赤穂市で14日、第116回「赤穂義士祭」が開 […]
支那四千年と云はれる。「支那」とは、このサイトに以下の如く説明されてゐる。 『「支那」は支那史上最初の統一帝國 「秦」(チン Ch’in 前221~207)が語源であり、この「チン」(秦)が印度(サンスクリ […]
昭和12(1937)年7月7日夜半、盧溝橋付近に駐屯してゐた日本軍、國民党軍双方に発砲がされ、互ひに銃撃を受けたものと思ひ込み、日本軍と國民党軍が交戦状態となった。盧溝橋事件である。双方、現地解決・事件不拡大方針で交渉 […]
このブログでは、神代について記述した事が無かったので、これを機にまとめてみようと思ふ。 参考文献は、主に 『竹田恒泰著 現代語古事記』 『宇治谷孟著 日本書紀(上下巻)』 さらに九州王朝説で著名な 『古田武彦著 失はれた […]
1945年12月6日付で、ラウエル陸軍少佐は、「レポート・日本の憲法についての準備的研究と提案」を記してゐる。このラウエル・レポートは、権利規定以外の点については松本乙案と同種の立場に立ってゐた。國體についても、天皇の […]