中国とは自己の属する国家に対する称 ~浅見絅斎先生の「中国」の論~ 皇紀2681年
国家には、正統があるか否かによらず、いづれの国にも独自の歴史があり國體がある。 前回の記事で、若林強斎先生が、『(浅見絅斎先生について)真に神道の根本に触れたものでなく、儒学の力を仮りて神道を説くといふものであった。』 […]
国家には、正統があるか否かによらず、いづれの国にも独自の歴史があり國體がある。 前回の記事で、若林強斎先生が、『(浅見絅斎先生について)真に神道の根本に触れたものでなく、儒学の力を仮りて神道を説くといふものであった。』 […]
正統な崎門学派たる近藤啓吾先生は、 『三先生(山崎闇斎、浅見絅斎、若林強斎)の学問姿勢は一体にして、闇斎先生を、絅斎・強斎先生はよく継いで発揮したといってよい。しかし仔細に観察すると、闇斎先生の学問は厳密であって壮大雄 […]
中々面白い書籍を見つけ、且つ読了してゐるので、今月は、 「上野誠著 万葉集から古代を読みとく」 を参考に記事を書かせて頂きたい。 この書籍に依れば、映画『君の名は。』のタイトルのもとになってゐるのは、 「誰(た)そ彼 […]
本居宣長の学徒たる平田篤胤は、死後豫美に行く事に異を唱へた。 『幽冥を以て、天堂と対立する地獄の意と解する事は、宣長の学徒たる平田篤胤の、為さなかった所であるとともに、それを宣長の如く豫美と同一視する事も、為し得なかっ […]
今こそ、大和魂を勃興させなければならない。内憂外患たる国難を突破せしむるべくには大和魂を奮ひ立たせよ!等と私もよく主張する。然らば抑も魂とは何なのか?即ち「復古神道に於ける幽冥感」を日本思想の面から少しばかり辿りたい。 […]