在野神道人の側からも批判があった『國體の本義』 ~「国教的影響力」をもつと考へたのは、キリスト者の過重評価~ 皇紀2684年
戦時(大東亜戦争)思想の官憲的統制として神道指令本文でも特に明記されて、後世にまで最も有名なのに、文部省が編纂した『國體の本義』がある。これは政府が、混乱する国民思想、神国思想の調整を考へて編集したものらしいが、その頃 […]
戦時(大東亜戦争)思想の官憲的統制として神道指令本文でも特に明記されて、後世にまで最も有名なのに、文部省が編纂した『國體の本義』がある。これは政府が、混乱する国民思想、神国思想の調整を考へて編集したものらしいが、その頃 […]
井上毅、伊藤博文等の政府高官が政教分離の憲法論で神祇官制に断固反対しても、地方の神主は、決して引き下がらない理由があった。 神道人の側からすれば、「明治維新は神道による祭政一致を皇国の大目標」としたはずである。それで […]
国家には、正統があるか否かによらず、いづれの国にも独自の歴史があり國體がある。 前回の記事で、若林強斎先生が、『(浅見絅斎先生について)真に神道の根本に触れたものでなく、儒学の力を仮りて神道を説くといふものであった。』 […]
正統な崎門学派たる近藤啓吾先生は、 『三先生(山崎闇斎、浅見絅斎、若林強斎)の学問姿勢は一体にして、闇斎先生を、絅斎・強斎先生はよく継いで発揮したといってよい。しかし仔細に観察すると、闇斎先生の学問は厳密であって壮大雄 […]
令和3年 皇紀2681年 仏暦2564年 耶蘇教歴2021年 あけましておめでたうございます。 私は元旦、既にSNSで更新しましたが、菅原道真公を奉祀する亀戸天神に参拝してきました。道真公は、宇多天皇の忠臣として著名で […]
前回記事で、一部分、天狗党の乱について触れた。たゞ、天狗党といっても藤田東湖が逝去された後、「激派」と「鎮派」の二派に分かれてゐた。激派とは尊攘激派の事で、安政五年(1858)八月、朝廷から水戸徳川家に下された「戊午の密 […]
皇紀2680年1月3日 あけましておめでたうございます。 (表1: 吉原康和著 21頁) 表1は、陸軍省告示など官報に発表された合祀者の人名と『忠魂史』を基に、幕末殉難者の旧藩別合祀者数ベスト数5を、参考書籍『靖国神社 […]
中曽根康弘元総理大臣が令和元年11月29日に、逝去した。中曽根氏は、昭和60年8月15日に公用車で靖國神社に赴き、内閣官房長官と厚生大臣を伴った。拝殿では「内閣総理大臣 中曽根康弘」と記された生花を供へ、その献花料3万 […]