20世紀の産業の基幹を為してゐた石油化学工業、それに続くITエレクトロニクスに代はる新たな21世紀の産業として、早くから米国が位置づけたのがバイオテクノロジー(生命工学)である。バイオテクノロジーは開発技術そのものが知的財産としてお金を齎す。これまでのハード(モノの生産)産業からソフト(特許など知的財産)産業にシフトし、知的財産権がクローズアップされる時代となった。
昭和48(1973)年、米国スタンフォード大学のコーエン(Stanley N. Cohen)とカリフォルニア大学のボイヤー(Herbert W. Boyer)が、共同研究によって遺伝子組み換へ基本技術を開発した。これを初のバイオ関連特許として米国特許商標庁(USPTO)に特許出願し、昭和55(1980)年に特許が成立したのである。
1980年代、レーガン政権は、特許を重視し、発明や技術を強く保護する政策(プロパテント政策)を行った。特許関係専門裁判所を設立するなどして、知財の保護強化で先行し、産業界の国際競争力を高めた。
これを背景に、昭和61(1986)年にスタートしたGATT(関税および貿易に関する一般協定)ウルグアイラウンド交渉において、貿易問題の一部として知的財産権が議論されるやうになった。GATTが発展的解消して、より強制力のあるWTO(世界貿易機関)が平成7(1995)年1月に発足した。WTO協定に知財保護のミニマムスタンダードを定めたTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)があり、特許権、商標権、著作権の保護・強化を加盟国に義務づけてゐる。
バイオ企業群の要望は、平成7(1995)年に設立されたWTOによって叶へられる事になった。
WTOの誕生によって、それまでアメリカ国内にしか存在しなかった、「植物といふ生命に特許を与へる法的な枠組み」が、知的所有権保護の規定の中に盛り込まれた。
堤未果氏は、『人類の生存と国家の経済基盤である「種子」は、完全に「知的財産といふ商品」になり、遺伝子組み換へであるなしに関はらず、種子開発と特許取得を競ふ巨大なゲームが始まった』と言及してゐる。
平成3(1991)年、種子開発企業の特許を守る国際条約(UPOV(ユポフ)条約=日本、米国、EUなど51カ国が著名)が改正され、植物の遺伝子及び個体を開発企業の知的財産とし、開発者の許可なしに農家が種子を自家採種(農家が自ら生産した作物から種子を取る事)する事を禁止する法整備が加盟国に促された。
日本はこの改正に忠実に従ひ、平成10(1998)年に国内の種苗法を全面改正した。
軈て、WTOより強制力のある国家間の自由貿易協定「TPP」が登場するのである。
平成30(2018)年4月に種子法廃止が施行された翌月、農水省が定める「自家採種(増殖)禁止の品目」が89種から289種に、さらに昨年(令和元年)には387種まで急拡大してゐる。これは、種子法廃止に伴った種苗法改悪に他ならない。
なぜ自家採種(増殖)禁止の品目リストの対象が急拡大してゐるのか?
日本の農村・農業の自立を支へてきた農山漁村文化協会(農文協)が、農水省に自家採種(増殖)禁止の理由を尋ねたところ、農水省は、『自家採種(増殖)禁止が国際標準であり、日本は他国に比べて取り組みが遅れてをり、今後品目リストを増やしていくだけでなく、これまでの対象であった栄養繁殖の植物だけでなく、種子繁殖の植物も対象にしていく』と答へたといふ。
その国際標準とは、UPOV条約である。抑もUPOV条約ばかり取り上げられるが、平成25(2013)年に日本が加盟した「ITPGR条約(食料及び農業の為の植物遺伝資源に関する国際条約)」では、自家採種(増殖)は農民の権利として認められてゐる。この条約はUPOV条約より加盟国数もずっと多いのに、日本政府はITPGR条約(農民の権利)よりUPOV条約(企業の権利)ばかり推進してゐる。
堤未果氏は、『農民の権利と企業の権利は、本来どちらも守るべきものだらう。』と述べてゐる。
また、安田節子氏は、UPOV条約について、以下の如く表現してゐる。
『平成3(1991)年改定植物新品種保護(UPOV)条約とは、多国籍種子企業らが参加する国際種苗連盟が主導し、特許権と育成者権の二重保護を認めるなど種子開発者の知的財産権を著しく強化した。また農家の自家採種の禁止(但し各国の裁量で例外が可能)が盛り込まれた』と。
上記で参照したサイトにも、かう記載されてゐる。
『UPOV条約には、1978(昭和53)年条約(以下、UPOV78)と1991(平成3年)年条約(以下、UPOV91)が存在し、各国はどちらかの条約に加盟する格好となってゐる。支那やブラジルは78年条約、EU、米国、ベトナムや韓国そして日本は91年条約に加盟してゐる。UPOV91では、保護対象植物の拡大、育成者権の強化等され、その後の各国の農業・農民に大きな影響を与へることになった。日本は平成10(1998)年にUPOV91の内容に合わせて種苗法全面改正を行ひ、育成者権の法的権利がより明確になったとされる。』
日本は、平成10(1998)年に、UPOV91の内容に合はせて種苗法全面改正を行ったのである。まさに敗戦利得(売国)外交だ!
- ※参考文献
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- 「堤未果著 日本が売られる」
- 「安田節子著 自殺する種子」
- 「農文協編 種子法廃止でどうなる? 種子と品種の歴史と未来」
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