【二・二六】 革命主義と忠諫の志
二・二六以降を、大日本帝國憲法に欠陥があった(内閣の規定がない等)為だとする論調には、賛同しかねる。 さうではなく、大日本帝國憲法を破壊しようとした特定思想を持つ者達が戦争を利用する為に我が國を戦争にひきづり込んだのであ […]
二・二六以降を、大日本帝國憲法に欠陥があった(内閣の規定がない等)為だとする論調には、賛同しかねる。 さうではなく、大日本帝國憲法を破壊しようとした特定思想を持つ者達が戦争を利用する為に我が國を戦争にひきづり込んだのであ […]
大正十五年六月、徳田球一がモスクワから持ち帰った指令に基づき十二月に結成された日本共産党は、かゝる猛烈な客観情勢を巧に捉へて猛烈な非合法革命闘争を展開し始めた。当時勤労階級の政党として一番左に在った「労働農民党」及び最左 […]
二・二六を、当時支配した思想、一定勢力の謀略、それに加へ、武士道の視点からもみていかうと思ふ。 二・二六の理論的支柱は、北一輝であり、栗原中尉は、「機関説的天皇より自主的天皇へ、これ昭和維新の一大目標ならざるべからず」 […]
共産主義者は、その時代の情勢に迎合して、最終目的である共産革命を隠す為に、マスクを被るものである。 戦前戦中は、主権論(国民主権、天皇主権)を否定する大日本帝國憲法を曲解して、天皇主権を広め、天皇陛下に共産主義者になって […]