神嘗祭は、神宮(天照大御神を祀ってる伊勢神宮)の祭典で明治維新以前は九月十七日に行はれてゐた。最も清浄な召し上がり物を意味する「由貴大御饌(ゆきのおほみけ)」と称する新穀を供へる大祭である。
この日勅使が参向し奉幣の儀があり、また天皇陛下には宮中で御自ら御栽培された稲を根付きのまゝ懸税(かけぢから)と称してお供へになられる。これは根ごとお抜きになられた二株で、神宮の内玉垣御門(うちたまがきごもん)寄りの東の玉垣に紙垂(しで)をつけて懸けて奉られる。
昭和天皇の御製に
わが庭の初穂さゝげて来む年の田の実いのりつ五十鈴の宮に
とある。わが庭は「ご自身の皇居」の意味で、五十鈴の宮は伊勢の神宮の事である。
古くから歴代の天皇が、神宮のこのご祭典には御敬神の念を寄せられ、神宮の祭儀に先立つ勅使発遣の御儀には宮中の紫宸殿から神宮を遥拝されたといふ。
戦国の乱世以降、勅使発遣、幣帛(お供へもの)を奉納される儀が杜絶したが、江戸時代はじめの正保四年(1647)に再興(江戸幕府は日光東照宮への例幣使を新しく定めるとともに神宮への例幣を再興)され、九月十七日に行はれて来た。
今日でも、この祭儀に先立ち宮殿松の間で神宮への勅使発遣の儀が行はれる。
これは勅使に御幣物を託す儀で、陛下は御引き直衣をお召しの上、勅使に「よく申して奉れ」(よく/\もうしあげてください)と御言葉を仰せになる。またこの日、天皇陛下には神嘉殿南庇に設へた拝所(四方拝と同様に御畳の御座を屏風で囲む)に下御され、御鄭重に神宮を遥拝され、終はって新穀の供された賢所に出御、御拝礼なさる。ついで皇后陛下、皇太子殿下、同妃殿下が御拝礼なさる。賢所における神嘗祭は祈年祭同様古くは宮中では行はれてゐなかったが、明治四年(1871)に新たにお定めになられた。明治六年(1873)の改暦の後は九月十七日では稲の実りに早いので、明治十二年(1879)から十月十七日に改められた。
神嘗祭は「皇室祭祀令」に基づく大祭であり、休日(祭日)であった。しかしGHQ被占領下の昭和22年に皇室祭祀令が廃止され、祭日が廃止され、これに伴ひ、休日・祝日の対象から外された。
祭日を復元せよ!
- ※参考文献
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- 「中澤伸弘著 宮中祭祀 ~連綿と続く天皇の祈り~」
- 「井原頼明著 増補 皇室事典(昭和17年)」


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