皇紀2686年、あけましておめでたうございます。
11月23日は神嘉殿に於いて新嘗祭が行はれる。古来この祭日は、11月の「下卯の日」(三つ卯がある時には「中卯の日」)であったが、明治六年の改暦の時に干支に寄らずに廿三日と定めた(明治六年の11月「下卯の日」が廿三日であった為)。新嘗祭は宮中祭祀の中でも最も古く重要な祭典で、御即位後に行はれる新嘗祭を殊に「大嘗祭」と申す。新嘗祭は神嘉殿の神座に天照大御神の御霊をお招きして、米、粟を始めとする穀物の今年の出来を奉告、感謝し、また新穀で作ったご飯やお酒を陛下が御自身で天照大御神にお供へになり、且つまた御自身でもお召し上がりになる、神秘的な儀式である。神道の祭りの本義は、神と人との交感、共食にある。神が召し上がったと見做されるお供物を人が頂く事により、その御霊を人の体内に取り入れる事が出来ると考へたのである。神道の祭儀の後にお供へ物(簡単な所で御神酒)を参列者で頂く事はこの表れである。
祭場は神嘉殿であるが、三殿(賢所、皇霊殿、神殿)でも侍従が御代拝を務めて三殿の新嘗祭が行はれる。また勅使が神宮に派遣され、神宮の新嘗祭に奉幣する。これらは春の祈願の祈年祭(としごひのまつり)の御礼にあたるといへよう。元来農業を主とした日本では新嘗祭は古くから行はれてきた民間での稲作に関する祭祀である。『万葉集』にも新嘗を歌った歌があり、爾来宮中では新嘗祭を重儀として斎行してきた。
古来神祭りは夜中に行はれるものであり、昼間が人間の世界であるなら、夜は神々の世界であった。人と神との交感によって、天皇陛下は天照大御神と御一体におなりになる。こゝに天皇の御本質がある。
新嘗祭は、明治時代には皇室の儀式や祭典の日を祭日として、皇室祭祀令(明治41年制定)で定められてゐた。祭日は、祝日と共に休日とされてゐた事から、祝祭日と呼んでゐた。祝祭日は宮中行事や神ながらといった伝統に基づいてゐた。
しかしGHQ被占領下の昭和22年に皇室祭祀令が廃止され、祭日が廃止され、翌年の昭和23年に「国民の祝日に関する法律」により祝日が定められる。現在の「勤労感謝の日」といふ名称は、前期GHQがホイットニーら共産主義者が牛耳る左派の巣窟であった事を物語ってゐる。
祭日を復元し、名称を「新嘗祭」に戻すべきである。
- ※参考文献
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- 「中澤伸弘著 宮中祭祀 ~連綿と続く天皇の祈り~」

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