今迄のところ、沖縄でこの問題に附属して必ず囁かれる赤松嘉次元大尉に関する女性関係は、島民と、旧軍の関係者からは全く提出されてゐない。島民の一人の
「うちの村では、女子はきちっとしてゐました。他の島のやうに、兵隊の子供を生んだ人等一人もゐません」
といふ発言は浮き上がるかも知れないが、そのまゝ伝へる他はあるまい。
しかし、女性関係が無いからと言って、その司令官が「武人」として有能であったといふ事にもならず、女性関係があっても名称たる器が損なはれなかったといふ例もあるだらう。そのやうな事は、事の本質とは、殆ど無関係である事を、はっきりさせねばならない。
「軍は国民を守る為のものでせうに」
といふ発言を、私は沖縄で何度か聞いた。なぜ、一つの国家が戦争をするか。それは、自国の国民(の生命、財産、権利等)を守る為ではないか、といふ答に現在の私達は慣れてゐる。
しかしその場合も国民といふものの定義は明確にされてゐない。恐らく、全体としての国民なのであり、「大の虫」を生かす事なのであらうと思はれる。渡嘉敷島の場合、村民の中には日本軍の姿を見た時、
「こんな小さな島にまで、守備隊の兵隊さんをまはして下さって、ありがたい」
と言った老女と、似たやうな感慨を持った人も多かったであらう。何も知らぬ庶民の感覚としては当然である。
しかし、赤松隊は決して村の守備隊ではなかった。寧ろ島を使って攻撃をする為に来たのであった。出撃が不可能となり、特攻攻撃を諦めざるを得なくなった日以降、彼らは好むと好まざるとに拘らず、島を死守する事になったが、それとても、決して島民の為ではなかった。村民は恐らく「小の虫」であって、日本の運命を守る為に、犠牲になる場合もある、と考へられてゐたに違ひない。
しかし、それは必ずしも、沖縄の、しかも小さな離島だから、「小の虫」として見放されたのではない。もし米軍が、鹿島灘に上陸して来たら関東地方に住む多くの非戦闘員は、日本軍の防衛線と米軍との間に置き去りにされて見捨てられたであらう。といふよりそれらの住民を犠牲にする事を前提に、防衛の戦闘配置は決められるのである。
「慶良間列島の渡嘉敷島で、沖縄住民に集団自決を強制したと記憶される男、どのやうに控へめに言っても少なくとも米軍の攻撃下で住民を陣地内に収容する事を拒否し、投降勧告に来た住民はじめ数人をスパイとして処刑した事が確実であり、そのやうな状況下に『命令された』集団自殺を引き起こす結果を招いた事のはっきりしてゐる守備隊長」(『沖縄ノート』大江健三郎著)
を今の時点で告発する事はやさしいが、それは軍隊といふ組織の本質を理解しない場合にのみ可能な事なのである。
軍隊が地域社会の非戦闘員を守る為に存在するといふ発想は、極めて戦後的なものである。軍隊は自警団とも警察とも違ふ。軍隊は戦ふ為に存在する。彼らはしば/\守りもするが、それは決して、非戦闘員の保護の為に守るのではない。彼らは戦力を守るだけであらう。作戦要務令綱領には次の一文が明確に記されてゐた。
「軍の主とする所は戦闘なり、ゆゑに百事皆戦闘を以て基準とすべし」。
渡嘉敷の村人達が、軍に保護を求めて陣地になだれ込んだ気持ちも自然なら、軍が非戦闘員を陣地内に保護する等という事も亦、ありえなかったのだ。それは、軍の機能として拒否するのが当然であった。
国際法によれば、戦闘は、正式な軍服を着た軍人によってのみ、行はれねばならない。もし民間人が、戦闘を行った軍の敷地内にゐて、万一捕虜になった場合は、これはゲリラ要員とみなされ、その場で射殺されても仕方がない事になる。闘ふ人間が民間人の服を着てゲリラをする事が一般化して来たのは、ベトナム戦争以来のやうに見える。それは戦争が、国家間ものではなくなり、国家対或る非国家的組織との間にでも行はれるやうになったからである。
しかし第二次大戦までの日本人の考へ方の中に、民間人を軍と近づけては危険だといふ考へ方が一般になかったと言ひ切る事も又、不自然である。渡嘉敷の人々は心理的に軍に庇護を求めたが、軍側にはそれに応へるだけの何ものもなかった。僅かな機関銃と弾丸、一人一挺づつもない小銃は米軍の強力な砲火とは太刀打ちできる代物ではなかった。おまけにその時には、敵の砲撃を防ぐだけの豪さへもまだ掘られてゐなかった。民間人の安全を守る為に、軍側は彼らを追ひ払った、といふ見方さへ成り立つ、かも知れない状況である。
正直なところ、軍の意識の中には、民の存在は極めて希薄であったらうと思はれるふしが見られる。いや寧ろ、全くないと言ふべきであったかも知れない。戦ひを優先するものが、つまり軍であるからだ。戦ひを優先しないものは、軍ですらあり得ない。
もし軍が市民の生活を守る事を優先し、戦闘や殺人を拒否するものならば、何で今更反戦を叫ぶ必要等あるものだらう。
以下は、別途、今年の5/16に投稿された某記事との事です。
悪意の幻想 ~ 沖縄戦「住民自決命令」の神話
- ※参考文献
-
- 「曽野綾子著 沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実 -日本軍の住民自決は命令はなかった!-」

Be the first to comment