祈年祭《小祭》 ~対になる祈年祭と新嘗祭の関係性~ 皇紀2686年

 本日は、春季皇霊祭である。

 今月は、二月十七日に行はれる祈年祭について投稿する。祈年祭は「としごひのまつり」と読む。宮中祭祀の小祭で、今年の米をはじめとする作物の豊作を祈願されるお祭りである。これは古く律令にもお定めのあるもので農業国日本の表れの祭儀である。天皇陛下は、伊勢の神宮の祈年祭にあたり、勅使をお差し向けになられるとともに宮中三殿に出御されて今年の年穀の豊作を祈願される。天皇陛下の入御ののち皇太子殿下が御拝礼になる。明治二年(耶蘇教暦1869)二月に神宮への勅使発遣を御再興になられ、明治天皇は紫宸殿から遥拝された。
 本来この祭典は神宮はじめ諸神社のものであったが、宮中でもそれに倣はれて明治五年(1872)二月四日にはじめられた。以後皇霊殿では二月四日(古く、各神社に幣を分けた、祈念班幣の日)、賢所、神殿は同十七日とされてゐたが、大正三年(1914)に三殿とも十七日に統一された。

 ところで、今年1月の投稿で新嘗祭《大祭》(11/23)についてまとめたが、春の祈年祭の御礼にあたる祭祀が、この新嘗祭である。しからば、GHQ被占領下の昭和23年に定められた「国民の祝日に関する法律」によって改称された「勤労感謝の日」は、この祈年祭と何ら関連性がない事は火を見るよりも明らかである。

 11月23日は、勤労感謝の日であり新嘗祭です…

のやうに並列させて言及する者がゐるが、紛れもなく当時のGHQの意向は、新嘗祭を畏くも葬って勤労感謝の日に取って代へる事であった。
 祭祀をGHQの意向と混同させる発言は、看過するべきではない。

※参考サイト
※参考文献
  • 「中澤伸弘著 宮中祭祀 ~連綿と続く天皇の祈り~」
  • 中澤伸弘著 宮中祭祀 ~連綿と続く天皇の祈り~

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